最近、若い世代を中心に、

AIとの会話を何の前触れもなく終了する、

いわゆる「じゃあね」「ありがとう」などの

区切りの言葉を使わずに会話を終える行動が、

ごく自然なものとして広がっています。

一見すると些細なことのように思えるかもしれません。
ただ、対人コミュニケーションや

接客・教育・仕事の現場に長く関わってきた立場から見ると、

少し気になる変化でもあります。


会話の履歴がノイズになる

チャッピーたちは

過去の会話を文脈として記憶するため、

長く会話が続くと過去の内容が後の回答に

影響を及ぼすという傾向から、

区切りがついたらさっさと会話を修了し、

新しいトピックに切り替える方が効率的。

こういうことって、

生身の人間同士のコミュニケーションに

影響してきやしないかと

おばさんは若干恐怖をおぼえています。

挨拶を省略するSNS文化の延長

SNSでの会話が日常化して、

用件だけを短く伝えることが一般的になってきています。

AIに対しても同様に、手間や時間をかけずに

情報を取得して、次の行動に移る、という

合理的、かつ機能的なコミュニケーションが

好まれるようになりました。

ビジネスの場面でも、

人による電話応対から入口はAIを

導入する、

「ご新規の方は1を、、、。」とかいうやつ。

こういった流れもある。

「会話を終えるときに区切りの言葉を使わない」

という行動は、AIとの関係性においては合理的であり、

若者にとっては自然な選択です。

AIは感情を害しませんし、

沈黙や無言終了による不利益もありません。

相手の時間を奪っている感覚も薄く、

ログアウト感覚で会話を閉じることができます。

しかしおばさんが懸念しているのは、

この“合理性”が人とのコミュニケーションにも

無自覚に持ち込まれてしまう点です。

人との会話における

「じゃあね」「失礼します」「ありがとうございました」

は、情報ではなく“関係性の着地”を担っています。

それを省略する癖がつくと、

・会話をどう終えればいいか分からない
・相手の感情の余韻を想像しない
・関係を一度リセットする感覚が育たない

といったズレが、少しずつ蓄積されていきます。

今ですら、コミュニケーションの難しさがあるというのに

自然な流れに任せていたらどうなるのでしょう。

特に仕事や接客の場面では、

用件が終わった瞬間に関係も終わる、

という態度は「冷たい」「雑」「配慮がない」

と受け取られやすくなります。

これはマナーの問題というより、

「相手が人である」という前提をどう扱っているかの問題です。

AIとの会話では不要だった工程が、

人間関係では実はとても重要だった。

その差に気づけるかどうかが、大きな分かれ目になります。

便利さに慣れるほど、関係を閉じる力や

余韻を残す力は意識しないと育ちません。

若者が悪い、という話ではありません。
環境がそうさせている、という現実を大人側が理解した上で、

どこで人としてのコミュニケーションを学び直すのか。

その視点を持たないままでは、

仕事・教育・接客の現場で、

静かなすれ違いが増えていく可能性があります。

「じゃあね」と言うかどうか。
それは小さな言葉ですが、

人と人との関係を安全に終わらせる、

大切な装置でもあります。